奇跡が起きて、いま生きている事に感謝

胸椎破裂骨折からの社会復帰を目指してます

時間をどう使うのか??

疑問!家族の時間を削って仕事ばかりは当たり前なのか?

私にとっては「仕事より家族のほうが大切」という感覚があたりまえのように身に染み付いてしまったので、ときどき普通の日本人たちがそういう考えをしないことを忘れてしまう。しかし、この考え方はまだまだ日本に浸透していない。海外ニートさんがいうように、繰り返し繰り返し「啓蒙活動」を続けていくべきなのかもしれない。

本来アメリカとは文化的に何の関係もないベトナムでも、この点考え方はアメリカと同じである。私はさまざまな国に住み、さまざまな出身国の人々と話したが、日本のような「滅私奉公」「家族より仕事」という人々を日本以外で見たことがない。

ところが多くの日本人たちは日本の外のことを知らない。私はときどき日本に帰って日本人たちと話をすると「へえ~海外ではそうなんですか?」と真顔で質問されるので、逆に驚いてしまう。多くの人たちが、いまの自分たちのやり方が当たり前だと思い込んでいるのだ。「家族より仕事を上に置く」以外の考え方がこの世界にあることさえ知らない。

無理もないかもしれない。私でさえ、カナダに移住した直後は、日本式の「モーレツ仕事法」を持ち込んで、同僚たちの反発を買った。だが、だんだん彼らの発想を理解するにつれて、彼らのやり方のほうが正しいと信じるに至った。

カナダで私が働いていた小さなソフトウェア会社では、社長・副社長・従業員たちは、結婚記念日になると大きな花束を買い込んで定時より早く帰宅して行った。夫婦で食事に出かけるらしい。従業員たちは笑顔で「おめでとう」と祝福の言葉をかけていた。もちろん「仕事はどうなるんだ?私生活を会社に持ち込むな」と不機嫌顔の上司などいない。そもそも社長からしてそうなのだから。

どんなに忙しくても夏休みは取る。取引先に担当者の不在を告げても「え?○○さんは××へ旅行に出かけたの?いいねえ。いいよ、この案件は○○さんが帰ってきたときに連絡してもらえば」と心からうらやましそうであった。「納期はどうした?休暇?ふざけるな」などと、無理やりねじ込んでくる客などいない。

私の知るかぎり、こんな光景はカナダではごく当たり前のものだ。

日本人でありながら、私が日本企業で働いたり、日本の会社とお付き合いするのがためらわれるのは、労働に対する価値観が決定的に合わないからだ。まったく残念としかいいようがない。

日本人が、こんな長時間労働で、神経をすり減らして得たものは何か?失われた20年ではないか。「怠け者」のイタリアより低い一人あたり GDP ではないか。世界で負け続けている製造業ではないか。

たとえば、自分のビジネスを大きくして、将来大金持ちになり、それで家族を楽にしてやろう、そのためにいまは家族との時間を犠牲にしても頑張る、というならまだわかる。しかし、そういうビジョンもなく、一生サラリーマンとして安月給に甘んじながら労働時間だけ長いというのは、本人たちには気の毒だが、滑稽としかいいようがない。

アメリカや中国でも、ものすごく長時間働いている人たちはいるが、彼らは同時に猛烈に稼いでいる。サービス残業なんていうカネにもならない長時間労働をやっているのは日本人しかない。アメリカ人や中国人には理解不可能だろう。

私は、企業の経営者にも労働者にも「いましていることの目的は何か?」「カネを稼ぐための最適な手段はなにか?」と問う合理性が不足していることが、いまの日本経済の苦境の根本的な原因だと思えてならない。

日本人たちよ、もっと合理的になろう。自分たちがなぜここにいるのか反省してみよう。そもそも何のために働いているのか?自分の労働時間の長さは地位や報酬に見合ったものなのか?一生懸命頑張った成果は本当に自分や家族に戻ってくるのか?

本当は、自分や家族の幸福が目的で、そのための手段として働いているんじゃないの?合法的で道義的なものであれば、カネを稼ぐ手段はなんでもいいんじゃないの?もっと普通で当たり前なことをしようよ。そうすれば市場経済が私たちを豊かにする手伝いをしてくれるだろう。